
** キース・へリング **
とくに物質にはそれぞれ異なった性質というものがありますが、その係わり合いのなかで、おそらく個性といわれているものが生じては消え、消えては生じている。
だけどその係わり合いからはずれて、私はこういう個性を持っていますよ、あるいはその個性を通してこのように世界を見ました、そしてその世界を造形のなかにこう置き換えました、といいえるような図式、いつも自分という絶対者がいる構造のなかでは、もの造りは進んでいかないような気がします。
土にどこまで語らせるかということ自体が、同時に自分が語っていることでもあるという、そういう関わり。
** ある陶芸家の言葉より **
始めからあるイメージがあって、それをデッサンでもう少し練って、ある程度かたまったものを表現する、ということではないんです。
確固たる具体的なイメージというものはむしろないんです。まあ言えばその場の心の成り行きとも言えます。
表現というのは意識に形を与えることだけれども、こういう意識をこういうふうに形にしましたということではない。
つまり作品は頭の中の言葉や意識の置き換えではないんです。
そういうふうにものをつくっていくと、つくったものが逆に自分を裏切っていく。簡単に言えばウソになってしまう。
** 「21世紀の花鳥風月」より抜粋 **
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