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だれでもない君へ、ほかでもない君へ

 

 

ひとはそれぞれ固有な悩み・こだわり・想いをかかえて生きている。 そんな「個」のニンゲンが「他者」に出会い「共同」を生きるほかないという現実のなかでいろんな問題が発生するのは自然ななりゆきだと思う。

人間の関係や意識は、どこまで共有できるかという「拡がり」と、どこで断念するかという「収縮」の均衡で保ってるんじゃないかと思っている。
「拡がり」「収縮」の均衡は「受容」「断念」の均衡と言い換えてもいいと思うし、どこまで「受容」できるかということは、どこでなら「断念」できるかということと同じ意味だと思う。

ひとは「観念」と「身体」の「現実的な関数」なんだから、思いが強すぎたり、疲れすぎていたり、余裕がなかったりするとそのバランスが崩れて、日ごろから溜め込んでいた「差異」が「異和」となって時空を越えてフラシュバック的に噴出したりする。

そんな悲しいサガをもった僕たちだからこそ、すれ違ったと思ったときは、すぐ振り返ってお互いに笑いあえる関係を作りたい。
問題がおきなければ見えない君がいる。もっとそんな君に出会いたいと思う。なにかあるたびに君がもっとみえてくる。

ニンゲンいつも笑顔ばっかりじゃないし、怒ったりもする、思いがけない非難を受けて落ち込んだりもする、そんな時でもぼくのなかには丸ごとの君がいる、どんなにすったもんだがあったとしても、またひとつ新たな君に出会えるってもんだ。

今ある君は、今までの君が蓄積してきた時間・記憶の集大成なんだから、いろんな君がいる。いろんな僕がいる。
時間の壁を越えて、空間の壁を越えて、二人で漂えることができればいいなと思う。
君は大事な人だから・・・。