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   (2010.10)

 

    

  
ヤクザの縄張り争いにはウンザリ!イマジンでも聞くことにしよう

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東アジアの死刑を存続している三流国家同士による”国境問題”=ヤクザの縄張り争いを巡る日本の政治家やマスコミの動きはひどいものである。

まず菅や前原の言う「固有の領土」なんてものはありえない。歴史的領土があるだけだ。そもそも地球上の全てを国境で分割してしまおうというのは、近代国家の仕業である。アフリカや中東の国境を見ればそれがよく判る。民族も宗教も歴史も無視して、ヨーロッパの大国同士の都合でまっすぐの線が引かれている。

東アジアで他に先んじて”近代”という武器を手に入れた日本が勝手に線引きしたのが”固有”の領土なのである。だから朝鮮、中国、アジアへと侵略して人殺しをした日本のその侵略の第一歩だと中国や竹島を巡って韓国が主張するのも一理ある話である。

もっともどこの”領土”になったところで資源が乱開発され自然破壊が起こるのは目に見えている。そんな20世紀的方法はもうやめればいい。どの近代国家にも属さないのが一番いいのだ。南極大陸みたいに。尖閣も竹島も北方四島も国連管理にして世界遺産にするのが最も人類にとっての利益になる。それが21世紀的発想である。

事件そのものの報道も大問題だ。あんな小さな漁船が巡視船にぶつかるなんてのは自殺行為じゃないか。そんなことをするだろうか。権力は何でもするということは、厚労省職員のえん罪でも明らかだというのに、こと外国人相手となると、権力側の言い分をそのまま正しいと信じ込む日本人はどうなっているのか。

権力は嘘をつく。もちろん、中国政府も。どっちも信用しない。ヤクザ同士の争いには加担しないというのが健全なカタギの生活者の道である。日本政府を「弱腰」と批判する連中は、「もっと立派なヤクザになれ」と言ってるようなものだ。近代国家がヤクザをやめることこそが現代の課題である。

しかし、近代国家のヤクザ性を無化していくこと、ヤクザにならない共同性のあり方をイメージしていくこと、それは夢物語に思えてくる。日中両国の反応を見ていると特にそう思える。中国には官製の報道しかないからしょうがない。でも多くの中国人は官製報道なんか信じてないからまだ救いがある。

日本には報道の自由がある、とみんな思っている。その”自由”では「固有の領土」なんかない、という学問的には当り前の意見すら登場しない。海上保安庁の発表を検証しようとする動くすらない。この狭少なナショナリズム!日本がかって国家による集団人殺し=戦争に突入していったのさえ不思議ではない。報道の自由があるという幻想を持った日本のほうがよほど危険ではないか。

こんな状況に絶望しかったときどうするか。まず、ベネディクト=アンダーソンの「想像の共同体」を読む。近代国家を無化する思想がここにはある。ついでジョン・レノンの「イマジン」を流す。この曲、「9.1」の後などでは放送禁止になるという曲である。そんなに危険かよ、と思うが、「宗教も国家もいらない」というつぶやきすら世界は許していないのだ。さらに「幼年期の終わり」(アーサー・C・クラーク)というSFを読む。今までの人間の歴史は幼年期に過ぎないのだ、と考えれば、この状況にも耐えられる気がする。

------------------------*  三好春樹
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