
介護夜汰話 『ユニット・個室』誤りの理由』
〜ロシアで考えたこと〜
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同世代の男性3人で旅行に行ってきた。旅先はロシアのモスクワとセントペテルブルグ。名づけて「ラスコーリニコフ・ツアー」。
40 年前に読んだドストエフスキーの『罪と罰』(主人公の名がラスコーリニコフ)を再読しての旅行で、3人以外にはツアー客がいないのを幸い、日本語ガイドさんに、モスクワのドストエフスキーの生家、ペテルブルグの没した家と墓まで案内してもらってきた。
驚いたのは、『罪と罰』の始まりの文章が「七月初旬のおそろしく暑い時分のこと」から始まっていたことで、ペテルブルグに夜行列車で着いたのが7月2日の暑い日なのである。なんたる偶然。 もちろん、定番の観光案内もついていて、モスクワの赤の広場、そしてペテルブルグの夏の宮殿も見学してきた。
観光の目玉ともいうべきエルミタージュ宮殿と、そこに収集された美術品には圧倒された。でも途中で「ハイハイ、あなたたたちがすごいのはよくわかりました」と言ってやりたくなった。 いやあ、ヨーロッパ文明はすごい。しかし、そのヨーロッパ文明にコンプレックスを抱いた奴はもっとすごいことをする、それがペテルブルグとエルミタージュへの私の感想である。
まずペテルブルグという大都会そのものがピョートル大帝の命令でヨーロッパの町並みを真似てつくったのだ。何もない湿原に、である。その労働によって北欧の戦争捕虜が何万人も死んでいる。
美術品はエカテリーナ2世を始めとする王室によって全世界から収集された。その陰で農奴は飢えていたのだが。
ヨーロッパに強烈なコンプレックスを抱いたのはロシアとわが日本だろう。明治天皇はピョートル大帝にたとえられることが多い。また農村の惨状を踏み台にして、軍備の近代化に突き進むのもロシアに似ている。かたや革命と社会主義の悲劇として、かたや無謀な開戦によるアジア民衆の大量の死というかたちで破滅へと至るのも共通性がある。
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ヨーロッパ近代へのコンプレックス、つまり相手との距離がうまくとれず、自分自身を見失ってしまうことによる悲劇はいまだに続いている。
老人施設の全室個室化もその一つだと言っていい。ヨーロッパ、特に北欧なんかを見学に行ったインテリたちが、全室個室の施設を見てうらやましがり、日本もそうなるべきだと考えたのだ。
私は「近代的個人」という枠内にいる人が生活する場は個室がいいと思う。つまり、自立している人や、身体が不自由でも、自分の意志の発動が可能で、介護者を活用できる主体があるなら個室がいい。
しかし、老いも痴呆も、「近代的個人」という枠から大きく外れて、“生きもの”という自然に回帰していくことなのだ。現場の私たちはそのことをよく知っているから、全室個室化なんておかしいということはわかる。しかしインテリたちは違う。なにしろ「自分が入りたくなる老人施設を」なんて平気で言うくらい、自己中心的な人たちなのである。
軽費や養護、それに有料老人ホームなら個室でもいいだろう。しかし、特養ホームなど、どんな人でも、どんなになっても、最後まで介護するつもりの施設なら、個室も2人部屋も4人部屋も必要なのだ。
つまり、個室ばかりのグループホームなんてのは、重い人はケアしません、と宣言しているようなものである。実際、呆けが進行した老人が次々と精神病院に送りこまれ、生活を断念させられている。
インテリの近代へのコンプレックスが老人に悲劇をもたらしているのだ。ロシアの農奴のそれとは比べものにはならないが、1人の人間の人生としてみれば等価である。
そのことがわからない人は1年でいいから特養ホームで働いてから意見を言ってほしい。働くといっても、施設長や事務長じゃなくて介護職としてだけどね。
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情報筋によると厚労省の内部では「ユニット・全室個室」が間違いだった、と言っているそうだ。
「ユニット・全室個室」を強制された施設は、多額の建設資金の返済のために経営が難しく、厚労省に「責任をとれ」と突き上げているかららしい。
つまり理由は、老人の立場からではなくて、自分たちの立場がなくなったからだ、というのだから情けないではないか。
「ユニット・個室」を推進した張本人でさえ「ハード優先の建築家に惑わされた」なんて言い訳をしながら「やっていけないので『ユニット』に補助金を出せ」なんて言っているというから、厚労省よりもっと情けない話だ。
そもそも「ユニット・個室」にすればいいケアができて老人が落ち着くからというのでつくったんだろう? だったら、ユニットでも個室でもない従来の施設のほうが介護は大変なんだから、そちらにこそ補助金を出すべきじゃないのかね?
「全室個室」なんていう、“エカテリーナ2世”がやったに等しい施策を推進したかどうかは、本当の介護を知っているかどうかのリトマス試験紙だったと私は思っている。
月刊ブリコラージュ 2006年9月号
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