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by Haruki Miyoshi

 
第2弾!

石原慎太郎の痴呆のタイプは?

「目クソ、鼻クソを笑う」、その後の日中の問題を巡る応酬をこの一言で要約できる状況になってきた。中国の首脳が過去の日本の国家悪を批判すれば、日本の保守的マスコミが、チベット侵略や文化大革命での死者をあげつらう。相手の罪悪を言いたてることで、自らの国家悪を免罪しようという、さもしい心根同士である。

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どっちもひどいもんだ、というのが正しい判断である。21世紀にもなって東アジアにはいまだに前近代性を克服できない2流、3流国家が残存しているということだ。 北朝鮮なんていう3流国家があるから日本は少しはマシに見えるだけで、平和憲法によって国家的なものから脱却していく方向性を持っていた日本は、いまや、それを投げ捨てて「普通の国家」に成り下がろうとしている。

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戦争放棄はもとより、政教分離まで投げ捨てるのだからこれはもう2流にも留まれそうにはない。政治と宗教がくっいてはい家ないというのは、日本人が歴史から多大な犠牲を払って手に入れた教訓だったし、世界の民主国家の原則である。それを守ってこそ、”一神教国家”である中国を批判できるのだ。

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石原慎太郎となると笑えないピエロである。南鳥島の岩にキスしてみせたりしているのを見ると、政治家とは「大衆の劣情と結託してパフォーマンスする人」と定義したくなる。彼がもし中国に生まれていたら中国々旗を手に尖閣列島に上陸していただろう。北朝鮮に生まれていたら、家庭に入り込んで「金正日の写真を飾っていない」といって処分するに違いない。なにしろ日の丸を揚げない、君が代を大声で歌わないといって処分する人なのだから。そう、彼がその行動の根拠としているのは日本に生まれたという偶然でしかない。何の根拠もないもんだ。

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ああいうタイプは呆けるだろうなあ。国家という共同幻想に自己を同致させているタイプは、老いには弱いもの。だって老いたら共同幻想の側はすぐに見捨てるもの。すでにそのズレは始まっているみたいだけどね。激しい葛藤型から回帰型に到る、というのが私の見立てである。ただ憎めないところがあるから女性の介護職には「かわいい」と言われるだろう。本人には屈辱だろうけど。

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北朝鮮はもちろん、中国も日本も現在の政権を打倒せねばならないのだ。もっとも打倒したからといってましな政権ができるとは思っていないけどね。だってあんな小泉や石原に日本人は票を入れるんだから。よほどアイデンティティがなくて国家と自己を同一化したい人が多いんだね。でも、国家的なものに抵抗することに意味があるんだよね。

 



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