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Haruki Miyoshi


2004年10号 連載

コトバを換えたってキリがない 
〜 厚生労働省の愚行〜

 9月3日付けの新聞によると、厚生労働省が「痴呆」に代わる名称を6つの中から決めるため、ホームページで一般の意見を求めているという。怒るのを通り越して、憐れみさえ感じてしまう。 

 私にも新聞記者が意見を聞きにきたが、「認知症」「もの忘れ症」「認知障害」「記憶症」「記憶障害」「アルツハイマー」の6つのどれがいいか、と尋ねられても答える気になるはずがない。そもそも「痴呆」という表現を言い換えようとすることそのものがおかしいのだから。

 「精神分裂病」を「統合失調症」と言い換えて差別や偏見が少なくなったか。とってつけたような「目の不自由な人」とか「耳の不自由な人」なんて言い方は、「顔の不自由な人」とか「頭の毛の不自由な人」といったひやかしを生み、結局、差別的表現を増やしただけではないか。 

 かつて私は介護職に「敬語を使え」と説教する左翼的な人たちに「コトバの強制は強制労働より悪質だ」と批判してきた。その経過と私の主張は『正義の味方につける薬』(雲母書房)に載っているので、ぜひ読んでほしい(おっと、“左翼”といっても若い人には何のことかわからないだろう。「理想の社会をつくろうとして、北朝鮮のような地獄をつくった人たち」のことだ。つまり、いまだに左翼でいることは、現実から学ぶという認知能力に重大な障害をもっている人ということになる)。 

 私の考えは当時から一貫している。「差別用語」があるのではない。差別的現実があるのだ。その差別的現実のなかではどんなコトバも「差別用語」になるのである。 だから、差別用語をなくすには、差別的現実を変えるより他ないのである。痴呆老人が落ち着いて笑顔で生活する方法論を創り出し、痴呆に対する差別的現実を変えているのは介護現場である。

 私が『痴呆論』で示したアプローチを参考にした実践が学会でも発表し始められている。厚労省にできることはその現場を応援することだ。ところがやってるのは全室個室やユニットの強制によって痴呆老人の多様なニーズを押しつぶすという現場の邪魔ばかりなのである。

 ドフトエフスキーの『白痴』という題の小説がある。これも「精神発達遅滞」などと言い換えるのだろうか。「白痴」にはピュアな者というイメージがある。私には「精神発達遅滞」のほうがよほど差別的だと思う。なぜなら標準は私たち正常発達の側にあって、そこからの尺度で遅れていると言っているのだから。 

 でも「白痴」は、そうした尺度そのものを疑い、ひっくり返す力があるコトバなのだ。かつて、織田信長に対して投げつけれられた「痴(し)れ者」というコトバは、常識や秩序をひっくり返そうとする者へのおそれが表明されたものだったろう。

 「痴呆」の“呆”も悪いコトバではない。寝呆ける、と呆ける、なんてよく使うし、遊び呆ける、なんていいなあ。子どもの頃、遊び呆けた人ほどいい老年期を迎えられる、というのは私の説である。興味のある人は『男と女の老い方講座』ビジネス社)を読んでほしい。

 「痴呆」というコトバの差別性をなくすには、痴呆への現実の差別をなくすというのが基本である。しかし、差別性を薄めるための方法はなくもないのだ。それは「痴呆」を普遍化することである。「痴呆」を言い換えて使わせないのではなくて、逆にどんどん使うのだ。

 介護職相手に、仲間内でしか通用しない医学用語を使いたがる医者やPTは「専門性痴呆」。老人を訓練して家に帰そうという「中間施設」(=老健施設)をつくったものの、家から特養への中間施設になってしまったことを反省もせず、“筋トレ”なんて言っている厚労省役人は「官僚性痴呆」。現場の声は聞こうとせず、その厚労省の顔色ばかり見て「様付呼称」を強制する「施設長痴呆」。もちろん「左翼性痴呆」も重症の痴呆に分類されるだろう。

 「こんな痴呆に比べれば「老人性痴呆」なんてちっとも大変じゃない」というのが、介護現場の実感である。そう、この介護職の実感が一般の人に普遍化されたとき、「痴呆」の差別性は無化されるのである。

 厚労省のホームページは、以下のとおりだ。
http://www.mhlw.go.jp/

意見を聞きたいそう だ。「つまらないことはやめろ」とアクセスしてほしい、民主主義を信じている人は。
 というのもこれは「出来レース」なんだという。新しい名称はもう決まっているらしい。大御所の意見に誰も逆らえないのだそうだ。つまりホームページでの公開は、いかにも民主的で開かれた印象を与えるための儀礼らしい。

 「民主主義」とは「大量殺戮などの国家悪をいかにも民衆の自発性によるものだと思わせるためにつくられた巧妙なしくみのこと」というのが私の定義である。 
  今、来年の発行をめざして『実用介護事典』を執筆しているので、なんでも定義するクセがついてしまった。

月刊ブリコラージュ 2004年10月号 

 



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