私が介護の世界に入ったのは1974 年、24 歳のときでした。 縁があって特別養護老人ホームの職員になったのです。就職したその日の午後に「特浴介助」をしました。裸のおばあさんたちを抱えてストレッチャーに乗せ、「特浴」と呼ばれる機械浴で寝かせたまま入浴させるのです。
研修は何もありませんでした。なにしろ、介護の本が一冊も なかったのです。2 年くらい経った頃でしょうか、老人ホーム職員向けの「ガイドブック」ができあがり、全職員が購入させられたのですが、著者に大学の先生の名前がズラリと並んだぶ厚い本が、現場ではちっとも役に立たなかったのを今でもよく覚えています。
当時、介護職は私を含めて全員シロウトでした。教科書がないのも当たり前。全く新しい領域ですから、これまでの経験が役に立たないのです。医師や看護婦は急性期の安静を必要としている患者さんたちへのアプローチは教えてくれました。でも介護に求められているのは、むしろ安静にしないためのアプ
ローチでした。
PT やOT は、マヒした手足の治し方、固まった関節を伸ばす方法は教えてくれました。しかし、私たちに必要なのは、マヒし、固まっている関節でどう生活していくのかという方法でし
た。
やむなく私たち介護職は、既成の専門家に頼るのではなく、 介護職ならではの自前の方法論を創りあげていくことにしまし た。偉い先生の本よりは、目の前の老人の表情を見ることにしました。どんな関わり方をしたときに老人の顔が輝いてくるか、逆にどんなことをすると表情がなくなるのか、を判断基準にして、介護を手づくりしていくのです。
そうしてみると、介護現場は「宝の山」でした。そこでは新 しいコトバが生まれていました。「患者」という受身的な治療対象に代わって「生活の主体」という新しい人間像も立ちあがってくる場でした。
そうした現場で手づくりした介護の方法論を自発的に持ち寄って発表しあおう、と始まったのが1988年の「オムツ外し学会」でした。正式名称は「生活リハビリ実践報告会」でしたが、通称のほうが知れ渡り、現在まで続けられています。
当時、病院から特養ホームに入所してきた障害老人や痴呆性老人は、当たり前のようにオムツを着けられて寝たきりになっていました。それを、特養ホームのシロウト介護職が次々とオムツを外し、寝たきりから脱出させていたのです。いわば「オムツ外し」は、安静を強制する介護に代わる新しい介護の象徴
だったのです。
時代は変わり、介護保険制度ができ、介護は国民的課題といわれるまでになりました。しかし、マスコミや文化人が取り上 げるのは、制度や政策ばかりで、その制度、政策でどんなケアをするのか、という肝心の中身が語られることはありません。
さらに、その中身は、現場の介護職の奮闘にもかかわらず、未だに急性期にしか通用しない安静介護法や、患者という受身的人間観に基づいたアプローチが主流になっているのです。
本書はそうした状況に対し、ほんとうの意味での介護の発想と方法論を提出するために刊行されました。従来の専門性の枠の中に収まらない創造的な仕事をされている先生方のご協力と、
私自身の28年間の経験を、決して内容には妥協せず、しかし 表現はできるだけやさしく、その目的を果たせたと考えています。特に痴呆性老人のケアについては、脳細胞に原因を求める“個体還元論”を越える新しい人間観と方法論を提出しえたと自負しています。