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海外に行って来た。といっても北欧なんかへの視察旅行なんかではない。プライベートな旅で、行き先は北アフリカだ。
風景も想像を超えたものだったが、もっと驚いたのはそこでの人々の生活である。迷宮のような街での中世と変わらないような生活、砂漠に行けば今度は古代から続いている生活がそこにあるのだった。
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旅行会社のパックツアーに男ばかりのグループ6人で申し込んだ。30人を超えるツアーのなかで働き盛りの男6人というのは珍しく、残りの大半はすでに定年で仕事を辞めた年代の人たちである。
しかも、北アフリカなんかに来るのは、ハワイやヨーロッパにはもう行ったという人が多く、時間にも、経済にも余裕がありそうな人たちである。
そのなかの男性たちが私には気になった。朝食でテーブルがいっしょになったのだが、会話をする気にならないのだ。
「ロクな食べものがない」「クサい」…etc。その言い方が差別的なのだ。日本人の自分の口には合わないというだけではないか。そもそも納豆を食べている民族がよく「クサい」と言えたものだ、と私には思えるのだが。
気に入らないのは食べ物だけではないらしい。ホテルのスタッフの教育がなっていないとか、店員の態度が悪いとか、悪口だらけである。現地のガイドをつかまえて説教をし始めたりする。
旅行、特に海外旅行の楽しみとは何だろうか。日本とは異なる風景を見て感動し、異なる文化に接して驚くことだろう。日本の文化との距離を感じ、その背後にある自然や歴史の大きな違いに思いを馳せ、判断を停止して、あるがままを認めることではないか。いわば自分が相対化されるおもしろさを味わいに行くのだ。
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でも、彼らはそうではないらしい。自分たちの文化の価値観のなかに、相手の文化を組み入れようとするのだ。西欧や近代化された日本は進んでいて、この国は遅れている、と見なしてしまう。
だから、けなすか、教育してやろう、となるのだ。相対化するどころか、自分を絶対化してしまうのだ。
彼らの世代は決して狭い世界にいた訳ではない。実際に、商社マンとして海外生活の長かった人もいるのだ。でも考えてみれば彼らは、その海外でも現地の人たちと交流しようとはせず、日本人だけで、日本の価値観や会社内の序列まで持ち込んでいた人たちなのだ。空間的には広い世界を体験していても、その意識は狭いままだったらしい。
同世代でも女性はちょっと違う。好奇心旺盛でよく笑い、よくしゃべる。男性のほうは表情が乏しい。好奇心もあるのだろうが、カメラのレンズを通してしか向き合おうとはしない。いわば客観的な観察者になることで、異文化の衝撃から自分を守ろうとしているかのようである。
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よく似ているなあ、と思った。
医師や看護婦、PTやOTといった医療関係者が老人に対する関わり方に、である。彼らは「老い」とか「障害」「痴呆」という「異文化」に出会った時、
“判断を停止してあるがままに認める”のではなく、自分たちの価値観のなかに組み入れようとしているのだ。
医学書を開いてみよう。「老人の特性」なんて項には老人の悪口ばかりが書いてある。「体力の低下」「適応力の低下」「刺激に対する反応時間の遅延」etc
…。
いったい基準になっているのは誰なのだ。若い人ではないか ※。
パックツアーのおじさんが「自民族中心主義」(レヴィ=ストロースが西欧中心主義を批判してつくったコトバ)なら、医療関係者は「自世代中心主義」である。
その“問題だらけ”の老いを教育(=治療)してやろうとして、かつては(今も)点滴潰けにして手足を抑制し、最近では「筋トレ」をしない老人は非国民だと言わんばかりなのだ。
彼らもまた、狭い世界で生きてきた。実社会での経験のないまま専門家になり、コンプライアンス= 従順であることを義務づけられた患者ばかりとつき合ってきた人たちだ。
「老い」も「痴呆」も従順な訳がない。自分たちに理解できない「老い」や「痴呆」を目の前にして彼らは「冷静な観察者」として振るまい「問題点」を列挙し、治療、リハビリの対象にすることにしたのだ。狭い世界の自分を守るために。
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帰国してからの数日、忘れかけていた昔の夢を続けて見た。どうやら無意識が撹拌されているようだ。
今回の見聞は、長い時間かけて自分のなかで整理されていくだろうと思う。
確かなことは、近代とか医療とかよりも「生活」にこそ普遍性があると考えてきたその「生活」が、よりシンプルなものになっていくだろうということだ。
つまり、ヒトはただ生まれて、食べて、死んでいくのだというところへ。