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「東 THE EAST」 に三好春樹紹介記事!

Vol.39, No.6, MARCH/APRIL 2004
Reportage MIYOSHI HARUKI
A New Idea and the Practice of Elderly Care in Japan

(日本における老人介護の新しい思想と実践)

以下、その和訳です (英語版

     
 

 

三好春樹

日本における老人介護の新しい思想と実践

高齢化社会のかかえる様々な問題の中でも、最も深刻なのが痴呆老人である。国立精神神経センターの推計によると、日本の65歳以上の痴呆性老人は、2000年に155万7700人。10年前に比べ55万人増えた。世界中の医学関係者の多大な努力にも関わらず、痴呆の原因に関してはまだ定説が確立されておらず、これといった治療法もない。また世界中の製薬会社が抗痴呆薬の開発に積極的に取り組んではいるが、まだ決定的な新薬の開発には到っていない。そのため病院、福祉施設、そして家庭で、正体の見えない相手との厄介な手探りの戦いが行われているのが現状である。

ものもらいが眼の病気であるのと同じ意味で、痴呆は脳の病気であると、普通は考えられている。後天的な脳の器質的疾患のために知的能力が著しい低下をきたす状態、それが痴呆の医学的定義である。痴呆は大きく脳血管性痴呆-脳卒中、脳硬塞などの脳血管障害によって起こる-と、アルツハイマー型痴呆-主として脳の萎縮や変性によって起こる-の2種類に分類される。しかし上記のようにまだ痴呆の治療法が確立されていないため、痴呆老人にとっては治療と同じくらい、あるいは治療以上に、心身両面での介護が重要になる。

その介護の現場から痴呆の常識的理解に異議を唱えている日本人がいる。「痴呆は脳の病気ではない」と端的に主張するその日本人とは、三好春樹である。「かつてヒステリーは子宮に原因のある女性特有の病気だと考えられていました」三好は言う。「いま私たちがその誤解を笑っているように、あと10年もすれば『痴呆は脳の病気である』という今日の通念は笑いの対象になっているでしょう」。

三好によれば、痴呆=脳の病気という医学の考え方は原因と結果を取り違えている点で間違っている。脳の萎縮や変性は医学者が言うように痴呆の原因なのではなく、むしろ痴呆の結果なのだと三好は考える。「ピック病、アルツハイマー病など、明らかに脳の器質的欠陥に原因のある痴呆が存在することは確かです」三好はそう認めたうえで言う。「しかしそうした脳器質性の痴呆の割合は一般に考えられているよりもずっと小さく、また脳の萎縮や脳血管障害があっても痴呆にならない人や、その逆のケースが意外に多いことから見ても、脳の機能低下と痴呆の間に単純な因果関係を想定するのは無理があります」。

さてしかし、脳の病気でないとすれば、痴呆とは一体何なのか? それは、三好の言葉で言えば、「関係障害」である。「人間を取り巻く関係については、大きく家族的関係と社会的関係に分けて考えられることが多いわけです。前者は血縁や愛情、友情といった情緒的な関係であるのに対し、後者は契約的で合理的な関係であると。しかし、この2つに加えて《自分自身との関係》という視点が痴呆老人を考えるうえで特に重要です」。三好はそう言う。

自分自身との関係とは、老人の場合で具体的に言えば、物忘れする自分、失禁する自分、老いて弱った屈辱的な自分とどう心理的に折り合いをつけるかということである。もしなんらかの理由で老人が老いた自分自身と折り合いをつけることに失敗し、老いた自分を自分で否定し疎外するようになると、そこに自分自身との関係における障害が生まれる。その障害が社会的関係や家族的関係をも壊して行く過程で痴呆が始まる。三好はそう考える。

具体的に言えば、老いた自分を恥ずかしく思うあまり外出や人付き合いを嫌い、家に閉じこもり、家族との関係も次第に悪化して毎日の生活が煮詰まっていき、やがて孤独の苦しみの中で心に異常をきたし、脳の変性や萎縮が起こる・・それが多くの痴呆老人の実態であり、決してはじめに脳の異常があるわけではない。痴呆の本質は関係的存在である人間だけが経験する関係障害である。従って痴呆老人には治療ではなくその人自身の関係性の修復を助けるような介護が必要である。それが三好の考えである。

三好のそういう考えは自身の長年にわたる介護現場での体験に基づいている。つまり、病院では廃人同然だった痴呆老人が老人ホームでの人間的な介護によって不思議なくらい生気を取り戻す例をいくつも見てきた、そして彼自身も介護によってそのような回復を実現してきた実体験が彼に医学的常識を真っ向から否定する勇気を与えている。

三好が介護の仕事を始めたのは1974年、彼が24歳のときであった。広島県呉市に生まれ、警察官の父を持つ一人っ子として広島県内のいくつかの街を移り住みながら育った三好は、県内で最も優秀な子供が集まる中高一貫制の私立修道学園へ進んだ。知的に早熟だった三好は当時盛んだった学生運動に先頭に立ってコミットした。生徒会会長としてベトナム反戦デモの先導などを繰り返した彼は学校側から睨まれる存在となり、高校卒業を目前に控えた1969年1月、過度の政治活動を理由に強制退学させられた。

その後は新左翼系のセクトに属し、職を転々としながら、地元や隣の山口県で政治活動を続けた。やがて1970年代に入り、新左翼セクト同士の内部闘争が激化してくると、三好は政治活動の第一線から身を引き、当時の新左翼にとっての指導的思想家であった吉本隆明の影響で、日常生活の場から《生活者》として社会改革運動の再建を志すようになった。

そんなとき彼は、特に老人介護への関心もないまま、たまたま知人の依頼で広島県内の特別養護老人ホームの職員になった。特別養護老人ホームは65歳以上で身体もしくは精神に著しい障害を持ち常時介護を必要とする老人を対象とする公の施設で、多くの痴呆老人も在所している。俗っぽいものが嫌いで世間に背を向けていた三好青年はここで《もう一つの世間》に出会う。

「一般的に老人ホームに入ってるのはかわいそうな老人たちと思われていて、私もそう思い込んでいたのですが、とんでもない思い違いでした」三好は語る。
「寮母を召し使いと思い込んでいる84歳の元お嬢様をはじめ、主任指導員に見事なくずし文字のラブレターを渡すじいさんや、マヒで全身硬直しながらも1日中ベッドの上で赤旗を読む元活動家など、個性全開といった面々が実にマイペースに暮らしていた。
人間、最後にこんなに個性的になるなら、若いときから個性的に生きればいいんだと思えて、ホッとできた。世間で理想とされるコースからはずれてしまった自分にとって、老人と出会えたことで開き直りができて、どの人生にもレールなんてないこと、行き着く先も過程もみんな違うことを教えられたんです」。

救うはずの老人たちとの出会いによって却って救われた三好は、日々の老人たちとの接触を通じて、老人介護と老人医療の現実に直面することになった。老人病院で点滴のために手を縛られ、オムツをつけ、表情をなくしてやって来た女性が、ベッドの脚を切って低くしただけで、立ってトイレに行けるようにもなった。逆に、特養では自立できていたおばあさんが、疾患があるため病院に1週間検査入院したところ、車椅子に乗せられ、尿意も分からなくなってオムツをつけて帰ってきた。

「病院=専門家集団=頼りになる」という自分の中の常識の壁がいつしか崩れていった。「ベッドを低くして足が床につけば、立てるようになる。歩いてトイレに行ければ尿意が回復し、目の輝きも戻ってくる。介護現場には専門書には書いてないことばかり。介護は自分たちの日常体験の中にあるんだと分かった」三好はそう語る。

28歳から3年間、三好は九州リハビリテーション大学校に通い、理学療法士の資格を取得した。その後再び特別養護老人ホームに戻り、従来の禁欲的に努力するリハビリが思うような成果をあげないことに悩み、遊びやゲームの要素を取り入れた新しいリハビリを考え出して実施し、それらが老人をイキイキさせるのに非常に有効なのを知った。

そうした現場での試行錯誤の積み重ねの中で、三好の中に、自分の守備範囲、つまり自分が人よりうまくやれる仕事は何なのかについての見極めが生まれてきた。と同時に、従来の介護の意味や方法を考え直し、新しい介護のあり方をもっと広い場で作り出していきたいという志向が生まれてきた。
1985年、三好は老人ホームを辞めて、東京に「生活とリハビリ研究所」を設立した。これ以後彼は全国各地で介護職員を対象にした講演や介護講座を開くことと介護に関する著作の発表を中心に活動することになる。

現場での介護体験に基づいた、徹底して具体的な三好のレクチャーや著作は介護現場で働く職員たちから強い支持を集めた。オムツではなくトイレで排せつすることで老人を元気にする方法を検討する「オムツはずし学会」やチューブからの栄養注入ではなく口で食べることを推奨する「チューブはずし学会」といったユニークな活動(「学会」と言っても実際は介護現場の職員による勉強会である)の運営などを通じて、三好は徐々に介護の世界のオピニオンリーダーとして注目される存在になっていく。

介護される老人の立場に立った徹底した具体性と実用性が三好が介護現場から大きな支持を集めた第一の理由であるが、三好がオピニオンリーダーたりえているもう一つの理由として、三好が介護の意味を深く考察しているということがある。
「どんな介護職でも大なり小なり哲学者になるっていうのが現場の面白いところ」三好は言う。「この人はボケちゃって生きている意味は何だろう、それに関わることの意味って何だろう、この人の一生は何だったんだろう。具体的な方法論も必要だけど、そうした思想、哲学も手に入れないとやっていけない」。

哲学という点では、三好は学生時代から私淑していた吉本隆明のほか、ミシェル・フーコー、クロード・レヴィストロースといったフランスの構造主義哲学者から多くを学んでいる。「レヴィストロースの『野生の思考』を読んで、いわゆる未開社会の人々の思考方法や生産方法が介護の世界のそれに非常に近いことに気付きました」三好は語る。

「ブリコラージュと呼ばれるそうした方法はサイエンスにはなりえないがアートにはなりうる。そんなレヴィストロースの文章を読んだ夜は、自分のしてきた介護の実践と現代思想が重なり合うように感じて興奮し、朝まで眠れませんでした」。実際、三好の介護に関する透徹した思考は、単に福祉の世界だけでなく、哲学や文学を含めた周辺領域へも徐々にその影響を及ぼしつつある。

それでも、三好はあくまで現場の人間である。ここ数年は年に170回以上の講演をこなす。それほどの引っ張りだこぶりには理由がある。三好の講演は上等の話芸なのである。暗くなりがちな介護の話を、痴呆老人の意表をつく実話を交えながら彼はまるで落語家のような軽妙な口調で面白おかしく語って聞かせる。聴衆は何度も爆笑させてもらえる。そうして笑いながら聞いていても三好の考えは分かりやすく頭に入ってくる。それは単に三好が話し上手ということではなく、彼が痴呆老人というコミュニケーションの難しい人間を相手にする日々の中でコミュニケーションの方法論について深く考えてきた結果である。

三好の講演の主眼は、「痴呆は脳の病気ではない。関係障害だ」という視点から、では実際どうやって痴呆老人の介護を行えばよいのか、その説明にある。痴呆が社会・家族・自分自身との関係障害であるということは、痴呆の対処法は少なくとも痴呆老人の数と同じだけあるということになる。1人ひとりの老人について、その人が受け入れ可能な人間関係を老人と一緒に作っていくこと。

三好によれば、それが介護という仕事の重要部分である。例えば、元芸者で80歳になるお婆さんが訪問介護ヘルパーを泥棒扱いするようになった。痴呆老人に典型的な被害妄想である。
さてどう対処したらよいか? 三好はそう聴衆に問いかける。
聴衆に考える時間を与えた後で、実際にうまくいった解決策を紹介した。家事の世話を終えたあと、ヘルパーがそのお婆さんから彼女お得意の小唄と都々逸を教えてもらう。それだけで妄想は消えた。

どういうことか? そのお婆さんはもともと自立心の強い人で、一方的に介護を受けることに心理的苦痛を感じていた。自分がヘルパーに対して加害者の立場にあるような罪悪感を打ち消すために、自分がものを盗まれているという被害妄想が必要だった。しかし音楽を教えるようになり、依存関係が双方向的になったことで心理的負担はなくなり、妄想も消えた。へぇ?。思わず感嘆の声があがる。

しかしこの種の面白い話だけだったら三好の講演に年間7万人もの介護職員が集まってきはしないだろう。介護の難しさに日々直面している彼ら現場の職員が三好の話に共感するのは、そこに自分たちの実感と一致するリアリティのある言葉があるからだ。入浴を拒否する老人をどうやって風呂に入れるか、夜不安で寝つけず廊下でおしゃべりしている老人をどうやって寝かしつけるか、老人を便秘にさせないためにはどうすればいいのか・・そうした下世話な、しかし介護現場では切実な問題の一つ一つに、三好は対処の考え方を述べ、解答例を示す。

「入浴を嫌がる人も本当は風呂に入りたいんです。でも、嫌がるのを無理に入れさせられた、という形で入りたいと思ってるんです」「便秘を防ぐにはとにかく朝食の後、トイレに座らせることが大切。便秘が直っただけで問題行動が消える例がたくさんあります」。そんな具体的で説得力のある言葉が次々と語られる。いずれも聞き手である介護現場の職員たちが翌日から自分たちの仕事の中で活かしていける言葉である。

「講座は、自分の知っていることを人に教えていくという啓蒙的なかたちじゃなくて、自分がなぜそういう考え方になったか、こういう方法論を手に入れたのか、その認識の過程を語るというやり方。現場で経験、実感したことから離れないで、それを言葉にしていくという方法です」三好は言う。

「介護というのはまったく新しい世界ですから、教科書がない。それを何かに頼るのではなく、現場の実感から言葉をつくっていく作業です。だから、参加者は真似するんじゃなくて、それに追体験しててもらえればいい」。
痴呆を人間関係の障害と見る三好は、一方では、痴呆を近代的自我が崩壊して人間が自然に還って行く過程と認識してもいる。自立した個人を基礎とする市民社会は、痴呆老人という、人間の形をした自然にうまく対処できない。だから医療や従来の介護は薬を飲ませたりリハビリをさせたりして老人をもう一度自立した個人に戻そうとするわけだが、三好によればこれは根本的に間違ったやり方である。

「80過ぎたら生き仏」という言い方を三好は好んでする。要は、老人の生活を改善しようとするのではなく、老人の現在のありのままの姿を尊重して、彼らが少しでも楽しく元気に生きられるよう生活上の手助けをすること。そこに介護の本質があると三好は考える。そしてこうした考え方が日本的な考え方であることも意識している。

自著『老人介護 常識の誤り』の中で三好は次のように述べている。 「近代個人主義の側から言えば、「自分自身との関係」は、社会からも家族からも独立していて、社会が相手にしてくれず家族は冷たくても、「自分は自分だ」となるはずなのだが、日本人にはそんな自我の強い人はめったにおらず、特に老人は、世間(社会)と身内(家族)の中で自分を感じとれることで自己の確認をしているようである。それが、日本人は個人として成熟していない、などと批判されるのだが、私はそれは文化の違いに過ぎないと思っている」 「日本には老いの固有の文化がある。老人に似合った年相応の格好というものがある。それは、自立してなくたって人間のうちだという相互依存の文化が作り出したものである」。

老人介護が日本で切実な問題になってきたのは、単に日本が高齢社会になってきたからではなく、「年寄りは家族が面倒を見る」という日本の伝統的な慣習が、戦後の個人主義的教育を受けて育った日本人の増加によってもはや成り立たなくなってきたことが大きな理由である。
自我を持ち自己決定力のある個人は、自我の崩壊した痴呆老人をいわば異人と見なして排除する形で処理してきたわけだが、これからはそうして排除してきた側の自立した個人主義者たちが排除される側に回る時代が来る。自我に信頼する彼らこそが最も激しい関係障害を体験することになる可能性は十分に考えられる。
それは悲惨な痴呆老人がこの先ますます増える可能性があるというのと同じである。そうなる前に、痴呆や老人に関する考え方そのものを変えてはどうか。三好はそう問題提起しているように見える。

とはいえ、誰もが悲観に傾きがちな中で、誰よりも楽観しているのも三好である。その楽観もまた彼自身の現場での経験から来ている。それは髪を茶色に染め、耳やそれ以外の部分にピアスをつけた一見日本人らしくない若い介護職が、老人介護の仕事にみずから積極的に就き、老人たちと心を通わせ、老人の死に涙する場面を幾度も見ているからだ。

「今の若い人たちには『近代』への幻想がありません」三好は言う。「核家族も個人主義も自己責任原則も、生まれた時から所与としてあった彼らにとって『近代』はむしろ桎梏なのです。そんな彼らにとっては昔の日本のような大家族が憧れの的だったりするわけです。自立や個人主義といった近代的幻想から覚めている分、彼らはスッと老人たちの心に入っていけるんですね。それは頼もしいことです。ただし、そういう若者はたいてい僕の本を読んでくれませんが」。

三好が介護の世界に足を踏み入れてから今年で30年になる。いま彼は介護を見つめてきた眼で介護の周辺にある問題をより精細に見つめようとしているように見える。その問題の一つは「死」である。講演では自らの判断ミスによって老人を死に至らしめてしまった経験を軽い口調で話す三好であるが、幾多の老人の死をみとってきた彼には今の日本の死をめぐる状況がどこか危うく感じられるようだ。

「イラクに自衛隊を派遣するときに、小泉首相が『たとえ死者が出てもそれは名誉ある死だ』というようなことを言いましたが、あれはおかしいですよね」三好は言う。「死は個人の問題であって共同体の側から意味付けをするのはウソでしょう」。
そしてかつて若い頃老人ホームでみとった1人の老人のことを語った。「性格の悪い爺さんでね。死んでも家族も友人も誰ひとり葬式に来ない。ひどい最期だなあ、とその時は思いました。でも、今考えてみると、彼の死は他人を誰も悲しませなかったんですよね。その意味ではあれが一番立派な死だったのかもしれない」。
誰も悲しませない死が一番良い死。その観点から見た時、介護は、死は、そして生はどんな意味を持つのだろうか。三好が答えを出すのはまだ先になるだろう。確かに言えることは、三好が日本社会にこれまでなかった新しい共同性を創り出す野心を捨てていないことだ。その野心がこれからも彼を介護現場と現代哲学の間を忙しく往復させるだろう。(了)

 

 
 

Kobayashi Motoki

 

 
     

 


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