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学校合同 No.101 2011.10.11
目次  放射線量を測りもしないで
      安全とは言えない!
   
     がんばろう!の合唱(おしつけ)から何が生まれるのか!
      2011全国学校労働者交流集会報告
       「我慢しろ!フクシマ」は断る
       人事評価の分科会に出て
       虐げられている仲間との出会いと憤り
       「日の丸・君が代」と国家主義教育との闘い分科会
 
    学校合同に入って 変わったこと

放射線量を測りもしないで
          安全とは言えない!


 9月8日付けで、柏市教委から各校長宛てに『生活科等における体験学習実施上の配慮事項について』という文書が届いた。
  その中に、「収穫した野菜等は家庭に持ち帰らせる。(食べることに関しては家庭の判断)」というのがあった。この文章を見て、あきれ返ってしまった。
  放射能汚染をしているかもしれない野菜を持ち帰らせていいのだろうか? 自分たちが育てたサツマイモを我が子が「食べたい」とせがめば、保護者は戸惑い判断に迷わないだろうか? そのサツマイモが万が一暫定基準値を超えている中でそれを食べさせてしまった場合、誰が責任を取るのだろうか? サツマイモが安全であることを確かめないで家庭に持ち帰らせたり、食べさせたり等、柏市教委は本当に無責任である。
  わが学校合同は、このいい加減な通知を出した柏市教委に9月27日に出向き抗議した。

学校合同:「それぞれの学校で子どもたちが栽培・収穫する野菜に対して、市教委は  なぜその野菜に含まれる放射能値(ベクレル数値)を調べないのか?その数値を保護者に明らかにし、安全性が確かめられた場合のみ持ち帰らせる。その後、食することは各家庭の判断、とすべきではないのか?」
柏市教委:「柏市の野菜は放射能が検出されず、ということなので基本的には問題ないと考えている。農家で収穫したサツマイモからも放射能が検出されていないので問題ないと思う」
学合:「測定もしないで、そんなことで子ども達の収穫した野菜は確実に安全だと言えるのか?安全だと言うならその数値を出すべきではないのか?」
柏教:「今は業者に給食食材を検査してもらっているのだが、一検体2キログラム必要。とにかく、今は給食食材の検査で忙しい。そんな中、柏市の各学校で収穫した野菜をすべて調べろと言うのか?」
学合:「各学校、サツマイモやトウモロコシ等の野菜を2キロ検体として機関に提出し、測定してもらうべきである」
学合:「野菜の安全が確実でないならば、持ち帰らせるべきでないだろう。野菜の安全を確実なものにするためには、測定するしかない。そのどちらかだ。市教委はそのような方向で再度検討してほしい。」
柏教:「・・・・・、分かった。」(しぶしぶ、というかあまりやりたくなさそう)
学合:「柏市の教育委員会が本当に子どものいのちを大事に考えているのであれば、このことは子どもの内部被ばくに繋がるのだから、もっと真剣にもっと迅速に対応しなければならないのではないのか?そうすることによって、子を持つ親も安心するのではないのか?」

 柏市教委の担当者二人(40代かな?)に「もし自分の御子さんが、学校で育てたサツマイモを持ち帰れば、食べさせますか?」と聞いてみた。すると、二人とも「食べさせます」とのこと。「子ども・乳幼児・胎児は、大人と違って放射能の影響大ですので、基準値をより一層厳しくしなければならないという人もいます。ご存知ですよね?」「もちろん」この人達は、本当に不安じゃないのかなあ?
  柏市教委からの結果連絡は,それから1週間後にあった。
  「柏農政課で行っている測定器を使って検査するつもりである。そのために、検査を希望する学校を早急に調査したい」との前向きの返事をもらった。ホット・スポット柏にいる子ども達の内部被ばくの危険性に危機感を抱いたようである。柏市教委の今後の動きに期待したい。
  【その後、希望した学校の栽培作物の放射線量測定を行った。測ったサツマイモからセシウムが約50bq/kgでて、廃棄処分とした学校もあった。】

 一方、10月7日に東葛教育事務所交渉があった。
  こちらは、全くと言っていいほど危機感を持っていない。ホットスポットであるこの東葛に居る子ども達を放射能から守らねばという気持ちや行動(対策)が見られない。
  担当の指導室長の口から出る言葉は「子ども達に関する情報収集に努めます。各市と連携を取って取り組みます。県からの指示を受けて取り組みます。今後情報を精査しそれをもとに協議してまいります」 要するにこちらからすると、のらりくらりのルーズな対応。何度も繰り返すが、全くと言っていいほど危機感を持っていない。
学校合同「子を持つ母親たちや教師の悲痛な叫びが聞こえますか?」
指導室長「・・・・・・・・・・・・・」無言。
学校合同「あなた達に心はありますか?ロボットですか?」という問いに対しても
指導室長「・・・・・・・・・・・・」無言。

  東葛教育事務所も柏市教委のように子どもたちへの放射能の影響をしっかり考え、早急に対策を取ってほしいものである。

放射能は、子どもから自然を奪う

 まず、放射能は、『見えない・臭わない・痛くない』と3拍子揃っているので、危機感を持ちにくい。そんな状況なので、危機感を持ち一人で騒ぐことがなんだか被害者意識丸出しのジコチューみたいだと周りが感じているのではないかと、不安になる。 クラスで、「牛乳飲みません、給食食べません・・・・」の児童に対して、周りの「そんなに心配なんなら、放射能のないところに引越せば?皆我慢してんのにっ」という無言の圧力(冷たい視線)を感じている人もいるであろう。
  放射能は自分の足元の生活や命に密着した問題なのに、職員室で新聞記事をマスプリして渡すと、まるで日の丸君が代拒否等の極左過激プリントでも渡されたような顔をする職員がいる。「ちがうんじゃない?これはみんなの否、我々の健康に関する問題だよ?」と叫びたくなる。
  次に、放射能は怖いから「考えたくない・話題にしたくない・避けて通りたい」という気持ちが誰にも少なからずある、という問題。被害を被るのは自分だけじゃなくこの地に居る人間はみんな同じような目に会うんだから自分だけじたばたしても仕方ない、人間、いずれみんな死ぬんだから・・・・・。すごく虚無的だが、この感覚もよく分かる。大気に漂うニヒリズム、迫りくる怖さの前に、思う存分愉しんでおこうという、絶望的(ヒステリック?)な快楽主義。
  そして、セシウムの半減期が30年、プルトニウムの半減期が24000年という気が遠くなる、ビビりまくり苦しまなければならない年月。
  柏市教委の通知文書の中に「草むらでの虫とりや大量の落ち葉に埋もれて遊ぶ等、全身が草や葉に接するような活動は避ける」「ドングリや落ち葉等の採取や創作活動については行わない」というのがあった。セシウム半減期30年のことを考えれば、生活科において今後30年間はこのような活動ができない、ということになる。ということは、来年からの生活科の教科書は、「虫や草を直接触らない」つまり、喜びも驚きも感動もない・・・・、そんな教科書にしなければならない。そんなつまらない生活科なら、学ぶ必要がない。やめてしまった方がいい。
  放射能は、子どもから自然を奪う。それは、風評被害以上です。     (K)

がんばろう!の合唱(おしつけ)から何が生まれるのか!
      2011全国学校労働者交流集会報告
 

 8月21〜22日、表題をテーマに大阪で、今年も全国の独立学校労働者組合の交流会が開かれた。大阪・東京・横浜を始めとした新自由主義・能力主義・愛国主義を振りかざした民主教育バッシングとの闘いの報告や民間労働組合との共闘で活動の幅を広げてきた報告、「指導力不足」とでっち上げられ退職を迫られる中で組合と出会い解雇攻撃を跳ね返した報告など、組合の存在意義を改めて確信した交流集会だった。
  8月22日の交流集会終了時に行われた、全国学校労働者組合連絡会総会では、
長らく代表世話人を務めて来られた増田賢治さん(大阪教育合同)が退任され、わが学校合同の吉田執行委員長が新代表世話人に選出された。
  8月22日の午後には、橋下知事・維新の会による教育の独裁支配をめざす「教育基本条例」に反対する集会と大阪府庁を一周するデモを全国からの参加者と共に行った。以下、参加者からの感想です。

 

「我慢しろ!フクシマ」は断る

  8月21日の全体会では、全国学校事務労働者組合連絡会議の菅原孝議長 (福島学校事務労働組合)から、「『我慢しろ!フクシマ』は断る」と題して、大震災と原発事故後の福島からの特別報告が行われた。
「すでにフクシマの大地は汚染され、人々はヒバクシャ。 人々を不安が覆う。」「反原発、被曝からの安全を求める運動が県内各地で始まっている。」
「福島県中通り地方(福島市・郡山市など)から子供たちが脱出している。すでに1万人の児童生徒が福島を離れた。夏休み中に転校する子供もふえるだろう。」
「『がんばろう福島』のスローガンがそこかしこにある。これは、『福島でがんばれ』と聞こえる。『汚染された土地から離れるな』の圧力でもある。しかし、最近は『脱出への閾値』が下がったように思える。『我慢しない福島』から出て行く子供たちを歓迎してほしい。」
  いわき市南部、福島第一原発から50qの中学校(生徒数770人)。「4月上旬のガンマ線量は、校庭で、0.7μSv/h。現在(8月)は0.2μSv/h。」(9月の柏市の高田緑地0.5μSv/h)
「4月1日までに、新2、3年は10名以上転出。原発地元の双葉各町村からの転入生は、各学年10名程度。8月に入っても転入生がいる。」
  教職員の現状も深刻な状態が続いている。
「5月1日、双葉郡内の中学校に勤務している(といっても現実には学校はないが)教員が兼務辞令でやってきた。双葉地区の小中学校、高校はバーチャルなものになっている。そこの職員は全員が兼務辞令で各地に散らばっている。原発の収束がない以上この異常事態は続く。」
  福島第一原発から60qの県北。
「小中学校では、校地の表土を剥ぐ、除染作業が行われている。校庭にはダンプカーや重機が入り、大掛かりな工事は2〜3週間続く。また、高圧洗浄器やモップ等を使用した校舎の除染作業は、PTAや職員の作業として行われているが、作業者の被曝対策は充分に行われていない。 通学路や住宅などの除染は、ほとんど進んでおらず、学校の除染が終わっても、安心して生活し通学できる環境には程遠い。」
「就学援助事務・転出関係事務の増大」
ホットスポット周辺に住む人々は、
「より放射線量の低い地域へ転居して、職場へ長距離通勤を始めた人も多い。」そうだ。
  ホットスポット柏に住み、働く者として、これからの長い闘いを共有していかねばと改めて思った。 (Y・A)

人事評価の分科会に出て

 凄く印象に残っているのが、若い先生達が管理職によって付けられた自分の評価をとても気にしているのに、周りに対しては全く気にしていないように振舞おうとする不自然な姿でした。 D評価がついた場合そのわけを校長に聞くことができるのに、それをすること自体がまさにD評価になるのではないかと、ビビっているように思えてなりません。これでまた精神疾患に陥る先生が増えるなあ、それでなくても一般会社の勤め人に比べてその罹患率が3倍も多いといわれている我々の職場なのに・・・・・。
  我々教員は、四方八方から評価されまくっています。教室の中で子ども達に、その子どもを通して親たちに、そして職員室では同僚に、毎日毎日いろいろなアングルで評価され続けているのに、なんでこれ以上評価されなければならないのでしょうか?
  校長という権力からの評価・監視で、自由で豊かな成長・学習を保障する学校が冷え冷えと凍りついてしまうのではないかと危惧します。まさに教育における『冬の時代の到来』ですね。 職員会議で自分の意見を自由に発言できない教員は、教室で子ども達に「自分の意見を自由に発言していいよ」と言えないのではないでしょうか?
  そういえば、ちょうどその日(8月22日)の朝刊に『大阪維新の会の教育基本条例案』が載っていました。それは、橋本府知事をトップとする政治家による教育目標の設定や解雇の脅し(日の丸・君が代に対して3回反対行動をしたらクビ等)を内容とするもので、教育委員会の頭上を通り越した『教育への介入』であります。
  当たり前のことですが、政治は教育の中身に介入すべきではありません。未来に生き真理を追求する子ども達に、時の政府が「ああでもないこうでもない、ああしろ・こうしろ・・・・」と注文をつけることは断じて許せない行為です。
  教育に介入しようとした政治家の代表格があのヒトラーではないでしょうか?まあ日本の国内にもいますが・・・・。いろいろなことを考えさせられた二日間でした。(K・K)

虐げられている仲間との出会いと憤り

  今年も全国学校労働者交流集会(以下「集会」)に参加してきた。全国の仲間と会うのは交流のためでもあるが、自分の立ち位置を知る上でもいい機会である。
  今回は、橋下徹知事の「暴挙」で揺れる大阪での開催であった。今、大阪はかなり揺れている。そのことはマスコミの報道でも流れており、詳細は省く。
  しかし、厳しい情勢の中で、我々の仲間である大阪の教育労働者もしぶとく闘い続けていた。その姿に元気をもらった。

 今回の集会でも、新たに虐げられている人々の事例を知った。大阪では、校内での協力体制が全くないまま、数年間を何とか過ごしてきた若手教育労働者が、当局から不当に現場を外されたが、組合に加入し、無事に生還するという事例があった。
  その一方で、名古屋の教育労働者の方が、不利な状況の中にありながらも、自分の学校の校長、教頭、教務、学年主任を相手に訴訟を起こし、相手に一矢報いたという事例もあった。これには大いに喜んだ。
  それにしても、毎年のように、全国のどこかで仲間の学校労働者が、虐げられている状況を聞き、大いに心を痛めている。さらに、それらの虐げられている人々と直接出会い、憤り続ける自分の存在にも気づいた。
  その中で、様々な手段を講じ、当局に一矢報いた出来事に、今後の自分の闘い方の参考にもなる。事例を知るだけでも、自分に生かせることは少なからずあるはずだから、今後もこの集会には参加していきたいと改めて思った。(O・K)

「日の丸・君が代」と国家主義教育との闘い分科会

  初めに「日の丸・君が代」判決についてアイムの渡辺厚子さんから報告があった。5月〜7月に出された最高裁判決はすべて「起立斉唱命令は合憲」という結論だったが、2名の反対意見と7名の補足意見がつく異例の内容となった。合憲の理由は「起立斉唱行為は慣例上、儀礼的所作であって、みんなが守るべきルールだ。価値観にかかわらない。」ので「思想良心の自由を侵害しない」というもの。この論理は「『日の丸・君が代』の『歴史性、戦後責任論、天皇と不可分一体である』という点を捨象しており、大阪府の橋下『君が代』条例の正当化を後押ししている。」と渡辺さんは指摘した。
  「大震災後『がんばれ日本、日本は一つ』の大合唱の下、国家への一体化が増幅されているが他方、新自由主義の下での閉塞感が増す中、そのはけ口の一つとして、公務員バッシングがあり、教職員の中の『ルールを守らない奴』バッシングとして、大阪『君が代』条例がある。」と報告された。
  次に「横浜における『つくる会』系教科書採択の経過と問題点」というテーマで横浜学校労働者組合から報告があった。今夏、人口370万人を抱える横浜市は「つくる会」系歴史教科書を全市一括採択した。自由社版が年表の盗用などの問題が発覚したため急きょ,育鵬社版を採択したのである。アンチ自虐史観として「勤皇民族史観」というソフトな皇国史観を採用し、ファナティックな皇国史観を抑えた新しい皇国史観なのだそうだ。その特徴は「無前提な超歴史的な日本人論と天皇中心にまとまっている日本国家論、万世一系の天皇論、東国と西国、蝦夷,隼人、沖縄、アイヌなど、多元的地域的要素の軽視・無視、国際関係において日本を常に善とする独善主義、他国の民族に対する蔑視・独善主義である」と説明。横校労としては「誤った史観は誤った史実にもとづいているか、誤った史観は立証されない史実や主観的思い込みによる記述によって成り立っているという立場に立つことによって、つくる会系の歴史記述を根底から批判できる」と述べられた。
 その後、特別アピールとして地元大阪の教育合同から、「大阪維新の会」が府議会に提出している「教育基本条例案」についての報告があった。これは驚くべきもので、「こんなことを本当にやるつもりか?」と唖然とするばかりだった。この条例は周知のように「教員をSABCDの5段階で相対評価し,2年連続Dと評価された教員は免職の対象となる。D評価の教員は必ず5%出すこと。3年連続定員割れの学校は統廃合」などというもの。「2回のD評価で首」などという恐怖政治が学校で始まったらどうなるのか?人事評価制度が既に実施されている東京では教員同士の密告が横行し、困難学級は新採や転勤者に回すという事態が起きている。こんな条例が通ったら自分だけ助かりたいがため、ありとあらゆる醜いことが学校の職場で起きてくるだろう。この条例案を提出している「維新の会」は、今年の6月だったか府議会の定数削減をすべての他会派の反対を押し切り強行採決したそうだが、報告者から聞いたその時のようすは大変なもので、私から見るとまるでヒットラーのようだとしか言いようがない。つまり、定数削減に反対している公明党が議場の入口にバリケードを作ったところ、「維新の会」はそれを壊し乗り越えて議場に乱入し、強行採決したというのだ。これはもう一種のファシズムですね。この条例案は阻止しないと暗黒時代がやってくる、、、、。   (Y・S)
学校合同に入って 変わったこと O・K
 
 私は、2005年度途中に学校合同に加入した。それまでは、いわゆる「大手御用組合」に加入していた。(私が大手御用組合をやめて、学校合同に加入したいきさつなどについては、いずれかの機会に書くことにする。)
大手御用組合に加入していたあいだ、どこかで虐げられる人がいても、当時は他人事のように思っていたと思う。正直いって関心も薄かったし、極端な話だが、自分とは別世界の出来事と思っていた。

 しかし、私は2004年度に、時の校長・H・T氏に陥れられ、大手御用組合のM氏から「三行半」を突きつけられ、クビ寸前の状態になった。その後、加入した学校合同の面々と吉川洋氏(元県議)による、県教委に対する執拗な追究の成果で、私は学校現場に戻ることができた。
(このことについては、2007年7月4日付けの東京新聞に掲載されていて、記事のコピーが多数あります。希望される方は学校合同まで連絡を頂ければさしあげます。)

 学校現場に戻ることができてから、学校合同執行委員として組合の仕事にも取り組むようになった。しかし、しばらくは、何をしていても、あまり実感がなかった。

 それが、最近になって、自分自身の物事の見方、考え方、行動の仕方が変わったと思う。一言で言うのなら、
虐げられた人に、今まで以上に寄り添うようになった。
ということである。立場や、主義・主張はともかく、
「まず、寄り添うこと。」
それが大切なのだと思うようになった。

強者が弱者を虐げることを許さない。
ということにつきる。強い立場の人が、その立場を使って、弱い立場の者を虐げることを正当化してはならないと考える。
 我々の職場改善が、児童・生徒の教育環境につながると考える。いじめなどで虐げられている児童・生徒を救うことができるようになるためには、まず、我々の労働条件改善のために当局と対峙しなくてはいけないと考える。それが「子どもの立場を考える先生の育成」につながると考えるからである。

 自分が大手御用組合に居続けたら、絶対にそういう考えにはなれなかっただろう。
強い者におもねらない。弱い者に寄り添う。
そういう生き方をしていこうと、今さらながらに思っている。
そして、今後もその思いは強く持ち続けるのだろう。

 
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