9月8日付けで、柏市教委から各校長宛てに『生活科等における体験学習実施上の配慮事項について』という文書が届いた。
その中に、「収穫した野菜等は家庭に持ち帰らせる。(食べることに関しては家庭の判断)」というのがあった。この文章を見て、あきれ返ってしまった。
放射能汚染をしているかもしれない野菜を持ち帰らせていいのだろうか? 自分たちが育てたサツマイモを我が子が「食べたい」とせがめば、保護者は戸惑い判断に迷わないだろうか? そのサツマイモが万が一暫定基準値を超えている中でそれを食べさせてしまった場合、誰が責任を取るのだろうか? サツマイモが安全であることを確かめないで家庭に持ち帰らせたり、食べさせたり等、柏市教委は本当に無責任である。
わが学校合同は、このいい加減な通知を出した柏市教委に9月27日に出向き抗議した。
学校合同:「それぞれの学校で子どもたちが栽培・収穫する野菜に対して、市教委は なぜその野菜に含まれる放射能値(ベクレル数値)を調べないのか?その数値を保護者に明らかにし、安全性が確かめられた場合のみ持ち帰らせる。その後、食することは各家庭の判断、とすべきではないのか?」
柏市教委:「柏市の野菜は放射能が検出されず、ということなので基本的には問題ないと考えている。農家で収穫したサツマイモからも放射能が検出されていないので問題ないと思う」
学合:「測定もしないで、そんなことで子ども達の収穫した野菜は確実に安全だと言えるのか?安全だと言うならその数値を出すべきではないのか?」
柏教:「今は業者に給食食材を検査してもらっているのだが、一検体2キログラム必要。とにかく、今は給食食材の検査で忙しい。そんな中、柏市の各学校で収穫した野菜をすべて調べろと言うのか?」
学合:「各学校、サツマイモやトウモロコシ等の野菜を2キロ検体として機関に提出し、測定してもらうべきである」
学合:「野菜の安全が確実でないならば、持ち帰らせるべきでないだろう。野菜の安全を確実なものにするためには、測定するしかない。そのどちらかだ。市教委はそのような方向で再度検討してほしい。」
柏教:「・・・・・、分かった。」(しぶしぶ、というかあまりやりたくなさそう)
学合:「柏市の教育委員会が本当に子どものいのちを大事に考えているのであれば、このことは子どもの内部被ばくに繋がるのだから、もっと真剣にもっと迅速に対応しなければならないのではないのか?そうすることによって、子を持つ親も安心するのではないのか?」
柏市教委の担当者二人(40代かな?)に「もし自分の御子さんが、学校で育てたサツマイモを持ち帰れば、食べさせますか?」と聞いてみた。すると、二人とも「食べさせます」とのこと。「子ども・乳幼児・胎児は、大人と違って放射能の影響大ですので、基準値をより一層厳しくしなければならないという人もいます。ご存知ですよね?」「もちろん」この人達は、本当に不安じゃないのかなあ?
柏市教委からの結果連絡は,それから1週間後にあった。
「柏農政課で行っている測定器を使って検査するつもりである。そのために、検査を希望する学校を早急に調査したい」との前向きの返事をもらった。ホット・スポット柏にいる子ども達の内部被ばくの危険性に危機感を抱いたようである。柏市教委の今後の動きに期待したい。
【その後、希望した学校の栽培作物の放射線量測定を行った。測ったサツマイモからセシウムが約50bq/kgでて、廃棄処分とした学校もあった。】
一方、10月7日に東葛教育事務所交渉があった。
こちらは、全くと言っていいほど危機感を持っていない。ホットスポットであるこの東葛に居る子ども達を放射能から守らねばという気持ちや行動(対策)が見られない。
担当の指導室長の口から出る言葉は「子ども達に関する情報収集に努めます。各市と連携を取って取り組みます。県からの指示を受けて取り組みます。今後情報を精査しそれをもとに協議してまいります」 要するにこちらからすると、のらりくらりのルーズな対応。何度も繰り返すが、全くと言っていいほど危機感を持っていない。
学校合同「子を持つ母親たちや教師の悲痛な叫びが聞こえますか?」
指導室長「・・・・・・・・・・・・・」無言。
学校合同「あなた達に心はありますか?ロボットですか?」という問いに対しても
指導室長「・・・・・・・・・・・・」無言。
東葛教育事務所も柏市教委のように子どもたちへの放射能の影響をしっかり考え、早急に対策を取ってほしいものである。
放射能は、子どもから自然を奪う
まず、放射能は、『見えない・臭わない・痛くない』と3拍子揃っているので、危機感を持ちにくい。そんな状況なので、危機感を持ち一人で騒ぐことがなんだか被害者意識丸出しのジコチューみたいだと周りが感じているのではないかと、不安になる。 クラスで、「牛乳飲みません、給食食べません・・・・」の児童に対して、周りの「そんなに心配なんなら、放射能のないところに引越せば?皆我慢してんのにっ」という無言の圧力(冷たい視線)を感じている人もいるであろう。
放射能は自分の足元の生活や命に密着した問題なのに、職員室で新聞記事をマスプリして渡すと、まるで日の丸君が代拒否等の極左過激プリントでも渡されたような顔をする職員がいる。「ちがうんじゃない?これはみんなの否、我々の健康に関する問題だよ?」と叫びたくなる。
次に、放射能は怖いから「考えたくない・話題にしたくない・避けて通りたい」という気持ちが誰にも少なからずある、という問題。被害を被るのは自分だけじゃなくこの地に居る人間はみんな同じような目に会うんだから自分だけじたばたしても仕方ない、人間、いずれみんな死ぬんだから・・・・・。すごく虚無的だが、この感覚もよく分かる。大気に漂うニヒリズム、迫りくる怖さの前に、思う存分愉しんでおこうという、絶望的(ヒステリック?)な快楽主義。
そして、セシウムの半減期が30年、プルトニウムの半減期が24000年という気が遠くなる、ビビりまくり苦しまなければならない年月。
柏市教委の通知文書の中に「草むらでの虫とりや大量の落ち葉に埋もれて遊ぶ等、全身が草や葉に接するような活動は避ける」「ドングリや落ち葉等の採取や創作活動については行わない」というのがあった。セシウム半減期30年のことを考えれば、生活科において今後30年間はこのような活動ができない、ということになる。ということは、来年からの生活科の教科書は、「虫や草を直接触らない」つまり、喜びも驚きも感動もない・・・・、そんな教科書にしなければならない。そんなつまらない生活科なら、学ぶ必要がない。やめてしまった方がいい。
放射能は、子どもから自然を奪う。それは、風評被害以上です。 (K)